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リンク張らせていただきました。

 投稿者:ルーラー  投稿日:2009年 9月23日(水)14時13分18秒
返信・引用
  本日、『ルーラーの館』のほうから『宮澤英夫WEBサイト』のほうにリンクを張らせていただきました。……こちらのほうに張ってよろしかったでしょうか?

改めて、これからよろしくお願いします。
それでは。

http://ruuraa.yukihotaru.com/

 
 

そろそろこの掲示板のあり方を見直します(やめるんじゃないよ)

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 5月15日(金)02時29分2秒
返信・引用
   この掲示板は開設してから今まで、本来の利用法から少しそれて私個人のブログとして機能させていました。これまではそれでよかったのですが、姉のHPも一通り工事を終えて私自身も欲が出てきて、いろいろなことがやりたくなってきました。しかし制約の多いこの掲示板で、それらを果たすことは出来ないと判断、新たにブログを設置し、そちらにここの機能を移転させようと思うのです。だからこのような形で私がここに書き込みをするのは、恐らく今回か次回で最後でしょう。
 もちろんこの掲示板を抹消する事はせず、これまで通りに皆さんのご意見をうかがう場として残しておきます。なので気が向かれた方、何でもいいから雑談をしたい方、小説の感想をメールでは送りたくないけど書いておきたい方は、ふるってお書き込みください。以前に書き込んだ通り炎上には免疫がありますので、思うままにキーボードを叩かれて結構です。当然、あまりにひどいものは即行チェックをいたします。
 日々の所感の他にも、書きたいことはまだ山ほどありますから、それらはブログでぼちぼちお目にかけるということで。では。
 

追悼 忌野清志郎

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 5月 4日(月)00時03分17秒
返信・引用
   いやあ、今朝の新聞で見て、大変びっくりしました。私もコアではないがファンの一人なので、ある程度の覚悟はしていたのですが、それにしても58歳とは若すぎます。
 思えば忌野氏との出会いは小学生の頃、姉がラジオからスピーカーtoマイクで録音したRCサクセションのカセットテープで、「雨上がりの夜空に」とか「スローバラード」とかが入ってました。子供の私はよく歌詞の意味合いなどがわかりませんでしたが、その特徴的な歌声と(当時のJ-ROCKとしては)本格的なロックテイストに惹かれて、最悪の音質ながら何度も何度も聴いてました。「トランジスタラジオ」なんかはもうちょっと上の世代ですが、歌詞の一部が雑誌やラジオによく引用されていて、その子供がちょっと背伸びした態度に憧れの念を覚え、それはいまだに記憶の内にあります。
 本格的に聞き出したのはアルバム「COVERS」からで、「サマータイムブルース」に当てられて反原発を志したりしました。今では懐疑的ですが。TIMERSも盛り上がりました。学生時代、たまたま福岡でのライブのチケットが当たって観に行ったのですが、そこでのありがちな演出より、その直前にTV放映された「ヒットスタジオR&N」での、例の「××××野郎だFM東京~」の方がスリリングだった記憶があります。
 買ったレコードは「サマーツアー」一品だけです。それ以外はほとんど貸しレコード屋経由でテープに収めており、もちろん「いけないルージュマジック」なんかも押さえてました。そのジャケット絵を、自分のイメージで描こうとしたこともあります。
 そんなわけで、カラオケのオハコは未だ「雨上がりの夜空に」です。そして今のオーディオ環境ではテープとレコードは聴けないので、CDを借りて追悼ミニライブをやっているところです。合掌。
 

黒澤明ナイト

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 5月 1日(金)04時31分53秒
返信・引用
   GWに入ってからもずっと仕事で、夜になってHPの編集をやろうと思ったら姉の原稿が出来ていず、疲れて自室で横になっていると、いつのまにか黒澤明監督の映画を二本、観てしまいました。もちろん今までに十回以上観ているので、さわりの部分を観流しただけですが、思うところが少しあって、ここで初めて人前で論評を披露したいと思います。お題は「姿三四郎」と「酔いどれ天使」。
 まず、「姿三四郎」。冒頭からずっと観ていて思ったのは、意外と編集が刈り込んであるな、ということです。むろん、検閲で切られた以外のところもです。そのため、テンポがいいどころか、却って性急に話を進めているという印象を受けました。部分部分は落ち着いた、しっかりした描写のところもありますが、全体的には何か急いでる感じです。とはいえ、現代的手法の先駆だけあって今でも観賞に充分耐え、戦時中の作品とは思えないほどです。逆に言えば、何でこのレベルの作品が、いま出てこないのか、という憤りをも覚えてしまいます。余談ですが、私が最近書いた歴史物の長編が、この作品の影響を多大に受けていることにも気付いてしまいました。現代の日本が舞台では、もはやこんな師弟関係は描けないのでしょうか。ここの部分を深く書くと紙面を喰うので、これくらいにします。
 続いて、「酔いどれ天使」。三船さんのやさぐれキャラが素晴らしい、とはよく言われますが、私は今回、志村さんのはみだし医師に注目しました。こちらは三船ヤクザの迫力に引っぱられて、医師自身のやさぐれぶりがかすんでいる、とよく言われます。実際私もそう思いますが、監督自身は、医師の奔放を望む心と、生来持つ知性と良心をうまく融合させるため、かなり演出に苦慮されたのではないかと思いました。実際、以前観た時よりは真田医師の心情がわかったような気がします。確かに真田医師の演出はまだ生硬で、志村さんの演技とも合致していないようですが、世に言うほどヤクザの迫力には呑まれていない印象を受けました。とにかく、今回観てますます好きになりました。
 うーん、評論の修練はしてないので、何かただの印象批評に終わってしまった感はありますが、今後も映画、小説、マンガ、アニメに対してこのような論評をしていきたいと思います。
 更新はGW明けに持ち越します。新しい動きもその後、お伝えします。では。
 

画像貼り付けのテスト、それと雑記

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 4月27日(月)02時26分48秒
返信・引用 編集済
   昨日の更新作業中、いろいろな機能設定を見ていたところ、この掲示板に画像が貼れると言うことを初めて知りました。全然気付かなかった……。ということで、試しに一枚、画像を貼ってみます。フィルモグラフィーの壁紙としてこの写真の別バージョンを使ってますが、こいつらは学生時代の私の愛機で、ニコンスーパーズーム8Xという8ミリカメラと、コパルCP505という8ミリ映写機です。この頃の自主映画製作は、ほんとに大変でした……。話せば長くなるので、このエピソードはまた後日、機会があればということで。
 で、こうやって掲示板を書いていると、今を去ること十数年前、まったく同じことをやってたのが思い出されます。といってもパソ通などではなく、東京世田谷の砧図書館というところに置いてあった、イラストノートなるものに私は書き込みをしていたのです。ところがそのユーザーのほとんどは、今なら腐女子と呼ばれるようなBL好きの女子中高生でした。しかも、描かれる絵の半数はイケメンキャラが絡んでるもの、という2ちゃんねる先取りの内容だったのです。私はアマチュア作家という肩書きで参加していて、絵も文もそれなりのものだったので自然に受け入れられてました(彼女たちにおもねって、BLまがいの絵を書いてたのは秘密ですが)。それがある時、私のちょっとした軽はずみな書き込みに少女たちが過剰反応し、今で言う炎上が発生したのです。びっくりした私はあわててお詫びの文章を長々と書き、結果誤解は解いてもらえましたが、この事件をきっかけにずいぶん文章力が鍛えられたものです。ああ、懐かしい……。この話、気が向けばまた後日にでも詳しく書いてみましょう。
 何か雑記が長くなってしまいました。陶器市が始まる前に姉のHPの工事を終える予定ですので、チェックをお忘れなき様に。では。
 

更新、そして宮澤英夫主婦化進行中

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 4月25日(土)03時07分15秒
返信・引用
   短編小説を一本、UPしました。ですがひとつ注意点があります。詳しくは、小説掲載のページに飛んでみてください。
 それと近況。昨年母が亡くなってから、姉も先日片付いて女手がなくなり、今のところ私が家事をほぼ一手に引き受けています。掃除、洗濯も一通りこなし(電化されているのでそれほど大変ではないのですが)、炊事にいたっては最近、残り物をうまく利用して一品作り上げるという技を覚えたり、主婦のスキルを徐々に上げているところです。この分だと、結婚したとしても嫁より主婦に向いている、などとまわりから言われかねません。そう書きながらも、頭の中では明日の献立を考えていたりしてます。何とかならないものでしょうか。って、誰に言ってんだよ。
 ここで業務連絡。近日中にちょっとした告知をいたします。フィルモグラフィーで挙げていたDVDのことなんですが、ある程度形が固まり次第、詳しく掲載する予定ですので、興味がおありの方はこの掲示板をチェックしてみてください。
 では。
 

術式の継続

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 4月18日(土)01時48分46秒
返信・引用 編集済
   またまた更新です。今回は写真をUPしてみました。下記にある風鈴の現物です。いわくや逸話は別に書いてあるので、重複を避けてここでは触れません。
 次に、壁紙をまた貼ったり張り替えたりしています。特にTOPやフィルモグラフィーでは、私の趣味を前面に出してみました。ディープな方面なのでわかりづらいかも知れませんが、その道の方なら「こいつ、やっちまったな」と思われることでしょう。
 それと、いくつかお詫びがあります。小説のページで「次回は“蒼き水底”を再録予定」と書いていましたが、新しい長編の〆切が過ぎていざ取り掛かろうとしたところ、そのまま再録するには文章がひどすぎて、書き直すのに新作一本上げるくらいのエネルギーが必要だと判断しました。そこで急遽、四作目に予定していた「煉獄華」を繰り上げて載せることにします。既載のものも、誤植がハンパなく見つかり、手直ししている最中です。重ね重ね、申し訳ありません。
 あと、今度の土日は私が八戸窯の店番をやっております(月火もです)。開店時間は正午から午後五時までです。連絡先、地図等は八戸窯ホームページに(不完全ですが)記載しております。今後も不定期で店に立つ予定ですが、まだ不慣れなので至らない点があっても長い目で見てください。皆様のご来店を心よりお待ちしております。では。
 

改造手術を施す。

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 4月16日(木)03時42分4秒
返信・引用
   えーと、いろいろ更新しました。
 まず新たに宮澤英夫フィルモグラフィーをUPしました。これは長い間工事中のままで、早くしないとと思いつつも仕事にかまけて手が付けられず、昨晩になってようやく人に見せられる形になりました。細かなデータが多いので間違ったところがあるかも知れず、誤記載が明らかになり次第改訂していく予定ですので、関係各位の方はご了承下さい。私の作品をご覧になってない大多数の方に説明いたしますと、一言で言えば管理者の若気の至りを列挙したものです。
 あと、既存のページに壁紙を貼りました。八戸窯の品物をご存知の方はおわかりになると思いますが、これに用いた素材はすべて姉、西岡孝子の作品から取ったものです。ものによると、何だかウルトラQのタイトル・バックに見える奴もありますが、面白いのでこのまま貼っています。また季節の変わり目等の切っ掛けで、壁紙を替えることがあるかもしれません。
 私事を申しますと、仕事はますます忙しくなっていってます。今日の日付から八戸窯の店番をすることになり、このパソコンの前で仕事をする時間もぐんと減るでしょう。それでも、何とか執筆の時間は取るつもりですが。まあ、ぼちぼち更新いたします。では。
 

納入、完了!

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 4月11日(土)03時28分59秒
返信・引用
   と、世間では言うのでしょうか。懸賞小説の〆切が昨日までだったので、この二週間はパソコンの前でフル回転、いままでの三倍(ウソ。本当は1.5倍)のスピードで書いていて、他の事に手が回りませんでした。朝方に原稿を郵送し終わり、やっとゆっくり出来ると思いきや、確認してみるとまだ仕事が山積みでした。この期間にメールや手紙で文を送って頂いた方、返信が遅れて申し訳ありません。上記の理由で、私信の類はもう少し経ってから必ず返信いたします。
 それからもうご覧になった方もいらっしゃると思いますが、トップページのデザインが少し変わりました。GIMPがようやく使えるようになったので、修羅場にもかかわらずタコになって画像をいじり(こーゆーのを逃避行動といいます)、今の体裁まで持っていきました。これから中身の方も充実させていこうと思っており、特に八戸窯ホームページは近日中に工事を再開し、そう遠くないうちに公開する所存です。展示会のお知らせもたまっておりますので、UPされたらぜひご一読ください。それと、八戸窯宮澤コラボで新企画を考えているところですので、こちらも気長にご期待ください。
 何か業務連絡みたいになってしまいましたが、面目躍如に一言。
 今週のON AIRは総じてひどすぎだけど、顔ぱっつんぱっつんは腹痛かった。
 では。
 

横溝正史の風鈴、

 投稿者:宮澤英夫メール  投稿日:2009年 3月 7日(土)23時42分23秒
返信・引用 編集済
  というものを持っております、私は。
 といっても単なる販促用のノベルティーグッズではありません。結構複雑なしろものです。
 私が東京に住んでいたころ、世田谷区成城にある本屋(マニアックな店ではないが、ネイチャー関連の本がいくらか多い)のオヤジと仲が良かったのですが、ある日私が小説を書いているとカミングアウトすると、オヤジは面白がって、私にある風鈴を見せてくれました。それは一見、単なる風鈴でしたが、オヤジの話を聞いて「凄いいきさつだ」と思ったのです。
 言われはこうです。昭和五十三年より少し前のこと、ある日いつものようにオヤジが店を開けていると、横溝正史大先生がいらしたのです。(「犬神家の一族」でおなじみの推理小説家ですね)先生は成城にお住まいだったので不思議な事ではないのですが、先生は店に入ってすぐ足を止め、レジ台の上に飾ってあった風鈴に目をとめました。それは横溝作品の販促用のもので、俳優が演じる金田一耕介の写真が短冊として使われていたのですが、なぜか先生は本に目をやらず、じーっとその風鈴を見ていたということです。そして昭和五十三年、「病院坂の首くくりの家」という先生の本が出版され、その表紙には何と、レジ台の上に下がっていたのと非常によく似た風鈴が描かれていました。(下に画像を入れています)
 オヤジが言うには、きっと先生はこの風鈴を見て、次回作の着想にいたったのだ、と。(一番の理由はその作品を読むとわかるのですが、ここで説明すると非常に長くなるので割愛します)話半分で聞いていましたが、ふとそこで、私が生まれて初めて目にした先生の本が、まさしく「病院坂の……」だったことを思い出したのです。きっと何か縁があるのだろう、そんな話をしばらく二人でしました。時は流れ、私が帰佐する時に、オヤジは私にこの風鈴を託してくれました。
 私は本当は神や仏など信じていませんが、そんな小説の神の導きみたいなものがいくつもあるから、私は不惑近くになっても小説家を本職にする夢を捨てきれないでいるのです。
 それに、こんなあいまいなグッズ、鑑定団に出してもタダ同然なので、こういう形で記録を残したく思い、キーボードを打った次第です。
 こんなふうにネタをまわりから見つけて、今後できるだけ更新を続けていきたいと思いますので、ぜひご覧になってください。あと、誤字などのミスが判明しましたので、お詫びするとともに訂正した事を報告させていただきます。
 

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